「あれ?コルレルさん、何やってるの?」
雲海が晴れて、世界は塩辛い水で覆われた。
そんな風になってもなお、サルベージャーというのは重宝されるようで、レックスはここイヤサキ村を拠点にして、サルベージの旅に出かけていた。
私たちもそれについていっていた。
セイリュウの背中での暮らしに、はじめは慣れなかったけれど、今ではそちらの方が自分たちの居場所のように思えていた。
それでもやっぱり、陸は安心できる。
だからこうしてイヤサキ村に戻ってくるのだ。
そのイヤサキ村のレックスの養母、コルレルが何やら大荷物を外に出している。
まさか、引っ越しでもするんだろうか。
レックスの声に、彼女は顔をあげ笑った。
「ああ、お帰り。あんた達、最近よく帰ってくるだろう?だから、片づけて部屋を広げようかと思ってさ」
「ええ!?悪いよ!手伝うよ!」
レックスは慌てて手伝いに入る。
私たちもそれに続いた。
続いたのだけれど、ふと外にだされた荷物の上に置かれた小さな木箱に目を奪われていた。
何でもない木箱だ。
何でもないけれど、とても丁寧に繊細に細工が彫られていて美しい。
だけど、私が目を奪われていたものはそれではなかった。
「ああ、何か欲しいものがあったら持っていきな。捨てるのももったいないしね」
その様子を見ていたらしいコルレルさんは、私にそう声を張り上げた。
「ええ、ありがとう」
私は、そちらを見ることもなく答えた。
視線はじっと、その木箱の蓋を止めるのに使われている組紐のチャームに向けられていた。
木箱の繊細な細工とは正反対の、不格好な出来のチャーム。
私はそれに見覚えがあった。
けれどそれはここにあるはずがない。あるわけがない。
いったい何をしまうのにこれが使わているんだろうか。
紐を解いて、蓋を開ける。
「わぁ、ヒカリちゃんに似合いそう」
ホムラが急に横にやってきて、木箱の中身をのぞいていた。
私に似合うかどうかは別にして、中には木箱の大きさとは不釣り合いなサイズの小さなイヤリングが入っていた。
黄緑色の花のような模様入りの白いガラス玉に銀糸のタッセルが付いたイヤリング。
木箱は確かに小さいのだけど、このイヤリングを入れたらコロコロ中で転がってしまう。
これまた繊細な模様の入った飾りのガラス玉が割れなかったのは、綺麗な丸だったおかげだろうか。
ガラス細工といえば、遠い昔、私のドライバーだったアデルが、祖国イーラの名産品だと言っていたような気がする。
もし、そのころのものだとしたらこれは500年前のものになるということだ。
ただでさえ、無造作に入れられていただろうイヤリングが、500年も綺麗に残されていたのは奇跡だと思った。
「どうです?つけてみます?」
ホムラはそう言いながらも、私の了承も得ずに今つけているイヤリングの片方を外して、こちらに付け替える。
「え?ちょっと、待ってよ」
そう言っても彼女は問答無用という感じだった。
「二人とも、何してるの?」
家の中から荷物を持って出てきたレックスが、こちらに近づいてきてそう聞いてきた。
「レックス、どうです?ヒカリちゃんっぽいでしょ?」
ホムラは、レックスに私の耳がよく見えるように私の肩を掴んで体を回させた。
「え?ええと…」
急に言われたものだから、レックスは困惑した顔になる。
もう、ホムラったら。
「…うん、確かにヒカリっぽい。模様もコアクリスタルっぽいし」
そう言われて、残ったもう片方をまじまじと見つめてしまった。
四つの花弁の花だと思った黄緑色のそれは言われてみれば、私たちのコアクリスタルっぽくて、白いガラス玉のふちにはよく見れば黄色い線が入っていて、自分の服の装飾のような色使いだ。
でも、だとしたらこの銀糸のタッセルは?
赤い糸でまとめられた銀糸のタッセル。
ふと、あることに気が付いて顔が赤くなる。
ああいえ、勘違いよ。
勘違いなのよ。
赤くなる顔を両手で挟むように抑えながら、その考えを外に押し出そうとした。
だって、これ、いつ作られたのかも、誰のために作られたのかもわからないじゃない。
違うに決まってる。
――――500年前、イーラ王国
「アデル様、お決まりになりましたか?」
午後、昼下がり。
空は快晴、さわやかな風が吹いていた。
そんな日はのんびり街を散歩するのもいい。
そう思って、一人石畳の商店街の道を歩いていた。
そうしていると、アクセサリーショップの前で唸っているアデル様の姿が見えたのだった。
「…わからない」
「え?」
「女の子に何を贈ったらいいのか、わからない!」
アデル様がそれを悩むのは、ほんの数時間前の出来事のせいだった。
「アデル…その、これ」
宿屋のロビーで、ヒカリ様がリボンのかけられた小さな箱を、アデル様に差し出していた。
アデル様はきょとんとして首をかしげる。
「誕生日なら、まだ、先だよ?」
いったい、何でそれを差し出されているのかわからないようで、とりあえず思いついたらしいことを言ったみたいだった。
「…もう!だから言ったのに!」
気が付かないアデル様にムッとしたヒカリ様は、後ろに隠れていたラウラ様と私に叫んだ。
「え?な、なんかあったっけ?」
アデル様はまだ思い当たらないようで、困惑している。
「しらない!!」
ヒカリ様は箱を床に叩きつけると、そのままどこかへ行ってしまった。
ラウラ様は慌てて前に出て、ヒカリ様の叩きつけた箱を手にとって埃を払う。
私たちは中身を知っていた。
ヒカリ様が作った組紐のチャームだった。
「ちょっとアデル!!大事な日でしょ⁉忘れちゃったの!」
「え、ええ?」
「今日はヒカリと貴方が同調した日なんでしょう!?」
「え…あ、本当だ」
カウンターに置かれた小さなカレンダーに目をやってようやく思い出したらしい。
「もう!同調した日っていうのは、私たちが生まれた日でもあるんですよ!それなのに!」
私もラウラ様の横に並んでそう口を尖らせた。
「すまない…」
しゅんとしたアデル様の声は小さくなる。
「謝る相手が違うでしょ!ほら、今からでもいいから何か買ってきて謝りなさい!」
そうして、ラウラ様に背中をバンと押されて、つんのめりそうになりながらアデル様は街に出たのだった。
「アデル様が選んだものであれば、なんでもいいと思いますよ」
「…でもさ」
アデル様は顔を手で覆って、はあっとため息をついた。
「ヒカリが喜びそうなものを考えたら、肉とかスイーツとか雲海蟹クリームコロッケとか…そんなものしか思い浮かばなくて…」
「ま、まあ確かに、わからなくもないですけど…」
彼女の食欲を思い出し、苦笑いする。
「女の子ならこういうの好きかなと思ったけど、贈ったこともないしわからなくて…」
「あら?アデル様、ご結婚なされているのでは?奥様に贈り物は?」
「…したこと、ないかな…」
「もう!奥様に愛想つかされちゃいますよ!」
「ははは…言葉もないね」
頭をかいて、苦笑い。
それで妙な沈黙が生まれてしまって、互いに何も言えなくなってしまっていた。
「そ、そうです」
このままでは、何も決まらない。そう思って口を開いた。
「アデル様器用なんですから、買うのではなくて、何かお作りになられては?」
「…うーん…壺、とか?」
「壺はいらないと思います…」
このセンスでは、アクセサリーだって選べないと失笑してしまって、ハッと口を抑えたが、アデル様は悩んで気が付いていないようで安堵する。
「お二方」
ふと、声が聞こえて二人でそちらを向いた。
「シャーラさん?」
以前、助けたことのあるガラス職人の女性が立っていた。
「作るのであれば、トンボ玉などいかがでしょうか?」
彼女は手のひらに小さな色とりどりのガラス玉を載せて、こちらに見せた。
「わぁ、綺麗」
思わず声が出るぐらい、キラキラして美しい。
「綺麗だけど、初心者にも作れるのかな」
確かに、難しそうだ。
「もちろんです!」
しかし、彼女は胸を張る。
「私が、手取り足取り教えます!」
「綺麗にできましたね」
アデル様の作られたトンボ玉のイヤリングを両手に載せて眺めていた。
白地のガラスに黄緑色の花、縁は黄色く線が引かれていて、ヒカリ様をイメージしたものだということがありありとわかる。
「ははは、君のおかげだよ」
アデル様は恥ずかしそうに手のひらを広げて振った。
細かい作業をするのに手袋は外していて、指先に小さな火傷跡ができている。
私はアデル様の作業中にそれを横で回復アーツで癒していたのだった。
「い、いえ。できることをしたまでです」
私もそんな風に言われて恥ずかしくて顔が赤くなっていた。
「ああ、そうだ」
恥ずかしさを紛らわせるために、私はふと思いついたことをやり始めた。
確かに今のままでも素敵だけれど、ふと思いついたアイディアは我ながら素敵だと思ったのだ。
刺繍用に持ち合わせていた糸から、銀の糸と紅の糸を取り出して、タッセルを作る。
まじまじと見つめられて、また、恥ずかしくなったけれど気にしないことにする。
出来上がったタッセルをトンボ玉の下につける。
「どうでしょうか?」
イヤリングの金具をつまんで、アデル様に見せる。
「ああ、いいと思う。風に揺れて風鈴みたいだ」
ふふと、そのたとえに私は苦笑いした。
気が付いていないんだろう。その色の意味に。
でも、ヒカリ様の耳元で風鈴のように揺れるそれを思い浮かべたら、なんだかそれもいいように思えた。
「君には、本当に感謝しないとね。ありがとう」
「い、いえ。できることをしたまでです」
先ほどと同じ返答をしてしまっていた。
それにはさすがにアデル様も気が付き、二人で顔を見合わせて、くくっと笑っていた。
ヒカリ様もきっと喜んでくださるでしょう。
ドライバーが、大事なブレイドを思って作ったものなんですから。
0 件のコメント:
コメントを投稿